若林隆久@経営×教育×地域×育児

高崎経済大学地域政策学部准教授の若林隆久のページです。経営学、組織論、ネットワーク論を専門とする研究者・大学教員が、研究、教育、学内外での活動、本・論文、地域、子育て、などについて書いていきます。

なぜ大学はオンラインで授業を行うのか⑤:教室での授業とオンライン授業をどう並存させるか(ハイブリッド授業編)

この記事の内容は執筆者個人の認識や考えであって、所属組織のものとは異なります。
※ 執筆者の専門分野は経営学であり、感染症・医療をはじめとしたそれ以外の分野の専門家ではない点にご注意ください。

前回の記事に引き続き「教室での授業とオンライン授業の並存」というトピックについて、今回は前回の最後に言及した「教室での授業を何らかの形でオンラインでも受講することを可能にする」という、いわゆるハイブリッド授業について考えます。
今回の記事の内容を要約すると、ハイブリッド授業には学生の履修に制約が生じないという大きなメリットがある一方で、よく検討してみると学生・教職員・大学のそれぞれにとって無視できない授業の質の低下というデメリットを抱えることになるかもしれないということです。
※ 「ハイブリッド授業」という言葉が何を指すかという定義は定まっていないかもしれませんが、このブログでは教室とオンラインの両方で受講できる授業を指します。なお、教室での授業とオンライン授業を組み合わせる方法はいろいろありえると思いますが、その点については改めて扱いたいと思います。

ハイブリッド授業のメリット

ハイブリッド授業のメリットは、ひとつの授業を教室でもオンラインでも受講できるため、学生の履修を制約しないという点です。ある授業が教室でのみ受講できる場合には、教室での受講が難しい学生はその授業を履修できなくなります。逆に、オンラインでのみ受講できる場合には、オンラインでの受講が難しい学生はその授業を履修できなくなります。

学生の履修に制約が生じないというのは大きなメリットです。必修の授業の場合、授業の実施形態によって受講ができないということは決定的な問題です。また、選択の授業の場合も、十分な科目数が用意されていて実質的に履修選択の自由度が存在するかという問題や、卒業単位を修得するための時間割が組めるからといって授業の実施形態によって特定の授業を履修できないという状況をどう捉えるかという問題が生じます。付け加えれば、オンラインによる受講も併用することによって、教室だけで授業を実施する場合よりも多くの学生が受講できる可能性も生まれます。

ハイブリッド授業のデメリット

一方で、ハイブリッド授業では、教室での授業とオンライン授業の二つの形態の授業を同時に行うことになるため、無視できないデメリットを抱えることになります。それは、①二つの形態の授業の設計・運営に伴う困難②授業運営におけるトラブルの増加③受講形態による学びや評価の差の発生④教室での授業とオンライン授業のそれぞれの長所を損なってしまうこと、が挙げられます。これらは授業の質の低下という点で、学生・教職員・大学のそれぞれにとって無視できない問題となります。
※ 上記の問題点を回避・軽減する方法として、教員一人で授業を実施するのではなく、サポートする人員を配置するという方法があります。実際にハイブリッド授業(あるいは、リアルタイムのオンライン授業)にサポートする人員を配置する大学もありますが、すべての大学のすべてのハイブリッド授業でそうすることは難しそうです。

①二つの形態の授業を設計・運営に伴う困難

当然ですが、ハイブリッド授業で二つの形態の授業を同時に設計・運営することには困難が伴います。
まず、授業の設計についてですが、そもそも教室での授業とオンライン授業ではその特徴やできることが異なっています。そのため、同じ学習内容や達成目標であっても、それぞれの授業形態について異なる設計をする必要があります。つまり、二つの授業形態について設計・準備をしなくてはならず、大きな手間がかかるということです。

また、同じことが授業の運営においても指摘できます。資料を配布したり、授業中に学生へのリアクションを求めたりなど授業を実施する場面を考えればわかりますが、教室で受講している学生とオンラインで受講している学生のそれぞれに指示を出したり対応したりしなくてはいけないというのはかなり煩雑です。これはオンライン授業がリアルタイムであるか非リアルタイムのオンデマンド型であるかを問わず発生する問題です。しかし、同時に実施しなければならないリアルタイムの場合の方がより多くの困難が生じると思われます。例えば、授業の時間中に学生同士の話し合いの時間を取るにしても、対面とオンラインでは話し合いに要する時間は異なるという問題が生じます。

②授業運営におけるトラブルの増加

ハイブリッド授業を実施するとトラブルが増加することが予想されます。教室での授業でもトラブルは生じますし、オンライン授業でもトラブルは生じるわけですが、その両方のトラブルが生じるという点で大変です。ただでさえオンライン授業の実施に不慣れであるところに、①で書いたような授業の設計・運営に伴う困難が重なることで、教室での授業とオンライン授業のそれぞれを単独で実施する際のトラブルを足し合わせた以上のトラブルを抱えることになるかもしれません。特に、オンライン授業がリアルタイムで実施される場合、授業時間内のトラブルに教員一人で対処することは難しく、授業の実施の大きな支障となってしまうかもしれません。

③受講形態による学びや評価の差の発生

二つの形態の授業を同時に行うことは、同じ授業であるのに受講形態によって学びや評価に差が生じてしまう可能性を生みます。教室で受講している学生とオンラインで受講している学生で、学びの量や質が変わってしまったり、評価に差が出てしまったりするという問題です。もちろん、異なる授業形態ですので完全に同じということはありえないわけですが、同じ授業であるにも関わらずあまりにも乖離が生じてしまうのはよろしくないですし、学生が不公平感を抱くことにもつながります。そのため、授業の設計・運営には工夫が必要となりますし、制約が加わることにもなります。

※ 同一科目を複数の教員が担当する複数クラスで開講する場合には、これまでも類似する問題が生じていたと考えることもできます。ハイブリッド授業の場合は、まったく同一の授業・担当教員であるにもかかわらず差が生じてしまう可能性があるので、学生が感じる不公平感も大きくなるのではないかと予想されます。

④教室での授業とオンライン授業のそれぞれの長所を損なってしまう

教室での授業とオンライン授業にはそれぞれの長所や短所、あるいは、できることとできないことがあります。学習内容や達成目標が同じであっても、教室で実施するのかオンラインで実施するのかによって、授業の設計・運営は異なってきます。どちらが優れているということではなく、授業内容にあわせた授業形態の選択や授業形態にあわせた授業の設計・運営が求められるということです。

ところが、二つの形態の授業を同時に実施するハイブリッド授業の場合、ここまで述べてきたようなデメリットを回避・軽減するためには様々な制約が生じてしまい、どちらの長所も損なってしまい短所ばかりが強調されてしまう可能性があります。すなわち、教室での授業だけであれば実現できた良い学びとオンライン授業だけであれば実現できた良い学びの両方が失われてしまうということです。

まとめ

ハイブリッド授業には学生の履修に制約が生じないという大きなメリットがあり、学生への履修機会を広げるため多くの大学がハイブリッド授業を採用する可能性があります。一方で、ハイブリッド授業の実施についてよく検討してみると、授業の質の低下という大きなデメリットを抱えることになるかもしれません。多くのハイブリッド授業が実施されるのはこれからなので、実際にどうなるかはわかりません。また、長い目で見ればノウハウや設備が充実し、技術の発展などもあいまって、かなりの程度解決されるかもしれません。しかし、当面の間はハイブリッド授業の実施の帰結については、注意しなければならないようです。